日本の面積の約3分の2に当たる「森林」と、人間が暮らす「人里」の境界に存在する「里山」。里山は、昔から人間社会の維持に役立ってきましたが、近年減少傾向にあります。その結果、地盤がもろくなったり、野生動物の侵入が発生したりなどの問題が増加してきました。SDGsや街づくりにも関わる里山の問題をICTなどで解決し、里山を保全しようという、企業、大学の活動を紹介します。
「里山」とは?
日本の森林面積は約2500万ヘクタール。この広さは、国土の約3分の2に当たります。つまり日本人は、国土の3分の1で暮らしてきたのです。
この広大な「森林」と人間が暮らす「人里」の中間に存在し、人間社会の維持に役立ってきたのが「里山」です。「里山を守る」と聞くと「自然保護」を連想しがちですが、実は「街づくり」「都市計画」を考えるうえでも見逃せないものであり、SDGsや生物多様性の観点からも重要視されています。
生物多様性を守った里山
森林にはイノシシやシカ、クマなど、多くの野生動物が生息していますが、野生動物に対する防波堤になっていたのが里山です。
里山には古くから日常的に人が立ち入り、植林や伐採、山菜採取などを行ってきました。また、よその村人が勝手に薪などを盗んでいかないようにと、見回りも行われていました。
このような活発な人間活動があったために、野生動物も里山より人里にはめったに降りてこなかったのです。里山があったことで、野生動物が住む世界と、人が住む世界から分離していました。そのために多種多様な野生生物が生息できたともいえます。
人間が、自然と共生できたのも、里山のおかげなのかもしれません。
自然災害を緩和した里山
里山や森林には、台風や集中豪などの災害から守る効果もあります。自然によって作られた豊かな土壌は、コンクリートの地面と異なり、はるかに多くの水を吸収します。人里の周辺に里山や森林の環境が整っていれば、雨水の急激な流入を防ぎ、市街地での被害を抑えてくれます。
里山の放置による「環境破壊」
しかし、近年では里山に携わる人材が減少しており、放置されている里山も増えてきたことから、私たちの生活や社会にさまざまな問題が生じています。
里山に人間が植えた栗やブナなどの木々。人が薪を取ったりすれば、自然に間伐や伐採になります。そうやって人間の手が入ることで、里山は自然に管理されてきました。
しかし、近年は、里山での人々の営みも行われなくなり、里山の環境が守られなくなってきました。例えば生育しきった常緑樹などが放置され、伸び放題の葉っぱが空気の流れを遮るようになると、地面に日光が届かず、新しい草木が生えにくくなります。このようになると土壌はもろくなり、里山の環境も悪化していきます。ひいては、人間が暮らす地域の環境悪化にもつながります。
人間による適度な間伐、伐採は自然を「破壊」するのではなく、自然の「再生」を促しているといえるのです。つまり、里山を守るためには、積極的に人間が関わる必要があるのです。
林業と猟師の人手不足が招く「獣害」
野生動物の侵入を防ぐのも、里山の重要な役割でした。しかし、人間が山に入ることが減った結果、野生動物が里山を超えて、人里へ接近する機会も増えてきたのです。
これには、里山の植生が貧弱になったことも影響しています。かつての豊かな里山は、野生動物にとっても食料を得る場となっていました。しかし、放置された里山では、野生動物も得られる食糧が足りません。里山の環境悪化の結果、食料を求めて野生動物が人里に降りてくる回数も増え、獣害が増えてきたのです。
土砂崩れや不法投棄など、さまざまな里山の課題
他にも、里山に関する問題は増加しています。例えば、土壌が悪化すると、台風や大雨の時に水を吸収しにくくなるだけでなく、土砂崩れなども起こりやすくなります。また人が立ち入らなくなった里山には、産業廃棄物や粗大ゴミなどの不法投棄が横行するリスクも高まります。
林業や狩猟者を支援し、里山保全にも役立つテクノロジー
人間が介入することで保全されていた里山。しかし、近代化による林業の縮小、狩猟者の減少などによって、里山の保全は困難になりつつあります。
この問題の解決策のひとつとして期待されているのが、ICT技術を活用した「林業の効率化」や「猟師の活動支援」です。
森を見える化する「スマート林業」
里山や森林の管理にICTを活用するのが、「スマート林業」です。
スマート林業にはさまざまなものがありますが、例えば、ドローンによる空撮や、衛星画像の高精度化によって、森林環境を画像データで判断できるソリューションがあります。これを駆使しているのが、森林の地形データや植物の量などの見える化を行う「森林 GIS(地理情報システム)」や「森林クラウド」などが挙げられます。
これらのソリューションは、木々の生育状況を計測し、森林が持つ資源量をネットでリモートに確認できるだけでなく、設定した基準に従って間伐すべき木を自動で選別したり、森林管理に関する行政手続きの一部をクラウドで処理するなどの機能も備わっています。また、森林GISのデータは里山の研究にも活用されています。
例えば、信州大学農学部の森林計測・計画学研究室では、「スマート精密林業によるイノベーション」を目標に、広葉樹資源の解析や森林被害のモニタリングなど、さまざまな取り組みを行っています。
このような、ICTを活用したリモートセンシングが充実していくことで、環境保全活動や林業は活発になり、森林の管理も容易になっていくことでしょう。
信州大学農学部の森林計測・計画学研究室
http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/agriculture/lab/finfo/
罠のIoT化で、野生動物を効率的に捕獲
猟師の中には、猟銃でイノシシやシカを撃つだけでなく、罠で獲物を捕る人もいます。その人たちにとって悩みの種となっているのが、罠の見回りです。
罠猟を行う人には、罠の設置場所や状況を定期的に確認し続けることが求められています。罠を放置した場合、掛かった動物を長期間にわたって苦しめたり、人間が傷を負ってしまったりする可能性があるためです。
しかし、猟師の高齢化が進んでいる現在、毎日罠の様子を見に行くことは困難です。そこで役立つのが、罠をインターネットに接続させることで、獲物が掛かっているかなどの状況をオンラインで確認する「罠のIoT化」です。これは罠の盗難防止にも役立ちます。
「里山」について学べる大学の学部や学科
里山の保全や林業の効率化、活性化については、全国の農業大学、農学部などで取り組まれています。例えば、里山について専門に研究する学科として、鳥取大学 農学部 生命環境農学科の「里地里山環境管理学コース」や、石川県立大学 環境科学科の「里山里海創生系」などが設けられています。
徳島文理大学短期大学部では、食害を防ぐために捕獲された鳥獣の調理を行っています。このように、増えすぎた野生動物の減少を促進し、ジビエ(狩猟した野生動物を使った料理)として社会に提供する動きも、環境保全の一部といえるでしょう。
徳島文理大学短期大学部 食物専攻:学生食堂でのシカ肉料理提供
http://wwwt.bunri-u.ac.jp/tandai/topics/?p=6905
きちんと管理すれば、半永久的に木材や食料を獲得できる里山は、日本にとって貴重な環境資源といえます。持続可能な社会の実現を目指す方は、里山保全に注力している大学を検討してはいかがでしょうか。