幸せとは何か? この漠然とした問いかけに対するひとつの答えが「ウェルビーイング(well-being)」です。ウェルビーイングとは個人の体や心、社会が良好な状態にあること。そして、幸福というものを科学的に捉え、実現に向けた研究も大学で行われています。今回はウェルビーイングについて解説します。
SDGsにも通じる「ウェルビーイング」
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
これは、童話作家、詩人として有名な宮沢賢治の言葉です。その言葉が改めて注目されるのはSDGs(持続可能な開発目標)と通じるものがあるからでしょう。貧困や飢餓、不平等をなくし、幸福や平和を目指しつつ、地球の環境を守っていこうというSDGs。その目標のひとつに挙げられている「すべての人に健康と福祉を」は、英語版では「Good health and well-being」と記されています。
そこでは「福祉」と訳されているウェルビーイングは、直訳すれば「良好な状態」にあること。そして最近では「幸福」とも訳されています。
個人の幸せと社会の幸せはイコールか?
そもそも「幸福」とは何でしょうか? これは、非常に難しい問題です。「金持ちになりたい」「アイドルになりたい」「有名人になりたい」「アニメやマンガに囲まれて暮らしたい」「好きな人と一緒になりたい」……。
確かに、そのような夢を実現できたら、その人はハッピーな気分を感じるでしょう。しかし、自分一人がハッピーになったからといって、世界ぜんたいが幸福になるわけではないのはいうまでもありません。
では、私たちが目指すべき「幸福」とはいったいどのようなことでしょうか。
健康とウェルビーイング
ウェルビーイングという言葉が注目されるようになったのは、1940年代のこと。当時作られた世界保健機関(WHO)憲章にある次の一文がきっかけといえます。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
(訳)
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。世界保健機関(WHO)憲章とは
https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/
WHOが取り組んでいるのは「健康」です。しかし、体の病気や肉体のしくみだけを見ていても健康は維持できません。心の問題、社会の問題も含めて、健康について考える必要があります。そこで見つけた言葉が「ウェルビーイング」でした。
つまり、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」を健康と定義したわけです。
健康から幸福へ
WHO憲章にある言葉は「健康」という視点から語られたものですが、その趣旨はSDGsにも共通しています。個人の体も心も、そして社会も包み込んだ形でウェルビーイングを目指さない限り、この世界に未来はないと考えられるからです。そして、健康よりも広く「幸福」や「福祉」という視点で語られることが増えていったのです。
大学における「ウェルビーイング」の研究
心も体も社会も満たされた状態とは具体的にどういうもので、何をすれば実現できるものなのでしょうか。そもそも学問、科学として幸福を研究することは可能なのでしょうか。
幸福へと通じる4因子
「幸福学」という観点から研究している慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野隆司氏は、「心理学をベースにしたサイエンス」によってウェルビーイングを追求しています。
そして日本人を対象にした調査を行い、「やってみよう因子」「ありがとう因子」「なんとかなる因子」「ありのまま因子」がウェルビーイングに大きく影響するという答えを見つけました。
<Well-Being~幸福の4因子~ 前野 隆司 TEDxShintomi>
ウェルビーイング実現を目指した研究
ウェルビーイング実現に向けた具体的な研究も始まっています。青山学院大学 理工学部では、2016年から5年にわたり「WELL-BEING PROJECT」を実施しました。
このプロジェクトでは、次世代ウェルビーイングを「すべての人々が身体的・精神的・社会的に良好な状態で生活できる社会的な枠組み」と定義し、一人ひとりに最適なサービスを提供できるしくみづくりを目指し、健康、福祉、スポーツ、技能、教育、感性・心理という5テーマを設けて研究を進めました。
そしてVRを使ったバーチャルな生花、Wi-Fi(無線LAN)電波の可視化による遠隔介護システム、小型センサーを利用した高齢者の転倒検知などの研究が行われています。この取り組みの成果は以下のURLにまとめられています。
次世代ウェルビーイング “MONOGRAPH”
http://www.cc.aoyama.ac.jp/~well-being/index.html
<【青学×イノベーション・ジャパン】次世代Well Being Project>
「ウェルビーイング」について学べる大学
ウェルビーイングの研究は、文系の学問と思われがちですが、理系、文系の両方にまたがっています。
文系では、福祉や心理学などの分野で扱われることが多いようです。例えば、法政大学の現代福祉学部 福祉コミュニティ学科では、「ウェル・ビーイングを実現する福祉コミュニティを創造するために、地域社会の『コミュニティ・リーダー』の育成」を、臨床心理学科では「こころのサポートを通してウェル・ビーイングに貢献できる人材を育成」するとしています。
法政大学 現代福祉学部について 特色
https://www.hosei.ac.jp/gendaifukushi/shokai/tokushoku/?auth=9abbb458a78210eb174f4bdd385bcf54
心理学では、特に「ポジティブ心理学」という分野でウェルビーイングを扱っています。ポジティブ心理学は心のプラス面に焦点を当て、幸福や生きがい、喜びなどを研究するものです。ポジティブ心理学に力を入れている大学には金沢工業大学などがあります。
金沢工業大学 心理科学研究所
https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/wwwr/lab/lps/perma_profiler/perma_profiler.html
理工系では、ウェルビーイングを実現するためのテクノロジーなどが扱われることが多いようです。前述の青山学院大学の取り組みは理工学部です。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科では、ヒューマンシステムデザイン研究室(ヒューマンラボ)という拠点を設け、文系、理系の垣根を越えて、人間の心理、社会システム、ロボットなども含めて幅広く研究しています。
慶應義塾大学大学院 ヒューマンシステムデザイン研究室
HUMAN LABORATORY
http://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/index.html
また東京都市大学 総合研究所では、学外研究拠点として「ウェルビーイング・リビングラボ」を設置、地域とともにさまざまな課題の解決に取り組む活動を行っています。このようにウェルビーイング、幸福というテーマは、大学内の研究にとどまらず、社会と一緒にさまざまな研究や実証実験を行いながら知見を深めていこうとするものも少なくはありません。
東京都市大学 総合研究所 ウェルビーイング・リビングラボ研究ユニット
https://www.arl.tcu.ac.jp/research/wellbeing.html
なお、ウェルビーイングという言葉は、一部の悪質なネットワークビジネスや悪徳商法などでも使われることがありますので、巻き込まれないように注意してください。