従来とは異なる新しい経済学が注目されています。その代表的なものが「行動経済学」です。「行動経済学」では、これまでの経済学では重視してこなかった、人が行動する際の心の動きを取り入れている点が大きな特徴です。ノーベル経済学賞受賞者も複数生み出している「行動経済学」について、その基本を紹介します。
「行動経済学」では人間の心理を加味して経済を見る
経済学とは、さまざまな経済現象やその仕組みを研究する学問です。ここでは、経済学そのものについては説明しませんが、個人の消費行動から、生産や雇用といった企業活動、また国の経済政策などまで、すべてが経済学と関わりがあります。
「行動経済学」は、経済学の一分野です。経済現象やその仕組みを対象に研究するという点では従来の経済学と同じですが、人間の行動の不合理性や心理的な側面に着目するという点で大きく異なります。
従来の経済学は「人間は常に合理的に行動する」という前提
経済の研究に、人間の行動や心理を対象にする必要があるのはなぜでしょうか?
従来の経済学では「人間は常に合理的な行動を取るものだ」というのが前提でした。しかし、実際の人間の行動を考えると、必ずしも損得だけでは動かないはずです。例えば、「ちょっと高いけれど、応援している企業の商品だから購入する」という選択をしたことがある人は少なくないでしょう。
そのため、「常に合理的な行動を取る」人間を前提に考えられた従来の経済学では、特に近年、現実社会とズレが生じている部分がありました。
「行動経済学」では「合理的な行動を取らない」人間が前提に
心理学などを取り入れた「行動経済学」では、前提となる「人間像」を修正しました。そして「必ずしも合理的な行動を取らない」人間を前提にすることで、より現実社会に即した経済理論を展開しています。
「ノーベル経済学賞」も複数受賞
「行動経済学」が登場したのは20世紀後半ですが、一躍脚光を浴びるようになったのは、2002年に行動経済学者のダニエル・カーネマン博士が、実験経済学者のバーノン・スミス博士とともに、「行動経済学と実験経済学という新研究分野の開拓への貢献」という理由によりノーベル経済学賞を受賞してからです。
2017年にはリチャード・セイラー博士が「行動経済学に関する功績」でノーベル経済学賞を受賞しています。
さらに、2013年に「資産価格の実証分析」という研究がノーベル経済学賞を受賞しました。これは厳密には行動経済学ではありませんが、受賞した3人の経済学者のうちの一人、ロバート・シラー博士も実は「行動経済学」の専門家として知られています。
このように21世紀になって何度も「ノーベル経済学賞」を受賞していることからも、「行動経済学」への注目度や期待度の高さがわかるのではないでしょうか。
「行動経済学」でわかる人間が不合理な行動を選ぶ理由
「行動経済学」を知ることは、自分を含めた人間の行動や意思決定を考えるきっかけにもなります。ここでは、「行動経済学」の説明でよく取り上げられる例を一つ紹介しましょう。
同じ人間でも、状況によって判断が変わる
コインを投げて、表か裏かを選ぶゲームがあるとします。表が出れば2万円がもらえますが、裏が出たら何ももらえません。また、参加しないと無条件に1万円がもらえます。このルールの場合、多くの人がゲームに参加せず、1万円をもらうことを選ぶといわれています。
次は、ルールを少し変えます。コインの表が出たら2万円を支払い、裏が出たら支払いはナシというゲームです。ゲームに参加しない場合は、無条件で1万円が没収されます。今度は、先ほどとは逆に、ゲームに参加する人が多数派になるといわれます。
なぜ人は、得をするときは安全策を選び、損をするかもしれないときはリスクのある行動を取るのでしょうか。実は、この不合理な行動は、「行動経済学」の代表的な理論である「プロスペクト理論」で説明できます。
認知のゆがみを取り入れた意思決定モデル「プロスペクト理論」
「プロスペクト理論」は、不確実な状況で人間がどのように意思決定するのかをモデル化したものです。特徴は、意思決定のモデルを作る際に、人間の認知のゆがみを考慮している点。この場合の「人間の認知のゆがみ」とは「考え方のクセ」のようなものです。
「プロスペクト理論」では、「利益を獲得する喜び」よりも「損失をかぶる悲しみ」が大きいとしています。そのため、利益を獲得する場面ではリスクを回避して確実に利益を得る行動を取るにも関わらず、損失の可能性があるときはリスクを取ってでも損失を回避しようとするのです。
「行動経済学」の知識と考え方は社会で幅広く活用される
「行動経済学」の知識や考え方は、従来の経済学に比べて現実に即していることから、事業に取り入れる企業が増えてきています。特に、商品戦略や価格戦略といったマーケティングの分野や、投資など金融の分野では導入が進んでいます。
生命保険にも「行動経済学」?
例えば、住友生命の「Vitality」という生命保険は、「行動経済学」を前面に押し出している商品です。保険には一定の条件のもと、初年度から割引された保険料が設定されています。次年度以降は、健康チェックの実施などを行わないと、保険料の割引がなくなります。
これにより「健康チェックは面倒だな」と思っている人も積極的に健康チェックを行うようになるというメリットが期待されるというわけです。実際には、割引分がもとに戻るだけですが、「手に入れたもの(保険料の割引)は手放したくない」という気持ちを呼び起こすことで、健康チェックなどに取り組める仕組みを作っています。
住友生命「Vitality」とは
https://vitality.sumitomolife.co.jp/about/
新型コロナウイルス対策にも「行動経済学」
新型コロナウイルス感染症対策にも行動経済学が活用される動きも見られます。政府の「新型インフルエンザ等対策有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会」の構成員には、「行動経済学」を専門とする経済学者・大阪大学大学院経済学研究科の大竹文雄教授も名を連ねています。
2020年12月に開かれた分科会の議事録を見ると、大竹教授はコロナワクチン接種の際のクーポン券配布について、「クーポン発行によって接種率が異なる」と指摘しています。このときの会議では、それ以上踏み込んだ話はしていませんが、新型コロナウイルス感染症対策にも、「行動経済学」の知見が必要とされています。
「行動経済学」について学べる大学・学部
「行動経済学」は、主に経済学部や政治経済学部で学ぶことができます。経済学部であっても必ずしも「行動経済学」の科目が設置されているわけではありませんが、「行動経済学」は非常に注目度の高い学問であり、今後は教員の数も、学べる大学・学部も増えていくと考えられます。
2020年度に「行動経済学」の科目を設置していた大学は?
大阪大学経済学部や青山学院大学経済学部、中央大学理工学部、近畿大学経済学部、立命館大学経済学部などが、「行動経済学」の科目を設置していました。また、大学院の科目として設置していたのは、東京大学や一橋大学、慶應義塾大学、法政大学などです。(※学部・大学院ともに、科目名の一部に「行動経済学」がある場合も含む)
「行動経済学研究センター」がある大阪大学
日本の大学の中で「行動経済学」に特に力を入れているのが大阪大学です。大阪大学には、社会問題などグローバルな課題を経済学の視点から研究する「社会経済研究所」を持ち、その付属施設として2004年から、行動経済学としては日本初となる研究拠点「行動経済学研究センター」を開設しています。
大阪大学 社会経済研究所 行動経済学研究センター
https://www.iser.osaka-u.ac.jp/iser-rcbe/rcbe1.html