私たち人類が繁栄していくためには、肉や野菜などの食糧を安定して生産し続ける必要があります。しかし、畜産や農業の技術がどれだけ向上したとしても、世界の食糧問題を根絶することは困難です。そのような「食」にまつわる課題を、人工知能(AI)などのテクノロジーで解決しようというのが「フードテック」です。
農林水産省が推進する「フードテック」とは
現在、地球上には70億以上の人間が暮らしています。その全員が健康な生活を過ごすためには、膨大な量の食肉や穀物を確保する必要があります。しかし、いまの食糧生産体制ではその量をまかなうことができておらず、世界のどこかでは常に飢餓などの問題が発生しています。また、世界の人口は日々増加しており、既存の設備だけで食糧を供給し続けることも困難です。
そこで、ロボットやAIなどのテクノロジーを活用して食糧を生産しつつ、食にまつわるさまざまな問題を解決しようという試みがフードテックです。フードテックは、既存の畜産や農業を成長させるだけでなく、昆虫食や人工肉といった次世代の食糧産業も開拓しようとしています。
「フードテック」のメリット
政府から企業まで、さまざまな業界から注目を集めているフードテック。そのメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
食糧解決の切り札はコオロギ!?
日本全国にあるスーパーマーケットなどで販売されている牛肉や豚肉ですが、その生育には、多大な手間暇が必要となります。
そのため、牧場から食肉として出荷されるまでの期間は、豚なら約6カ月、牛の場合は約30カ月もかかっているのです。しかし、コオロギなどの昆虫であれば、1週間から1カ月ほどの短期間で生育が完了します。
また、生育に必要な飼料や水の少なさも、昆虫食のメリットです。例えば、1キログラムのタンパク質を生産するためには、牛肉の場合なら10キログラムの飼料と、2万リットル以上の水が必要となります。
しかし、コオロギの場合は同量のタンパク質を得るために必要な飼料は1.7キログラム、水は4リットルで済みます。そのうえ、牛や豚の可食部は40%であるのに対して、コオロギの可食部はほぼ100%です。このことからも、コオロギの生産効率の高さが分かります。
コオロギ以外にも、ミルワームやカイコなど、さまざまな昆虫が食材として研究されています。生産が容易であり、少量でも栄養が豊富な昆虫食は、未来の宇宙食としても期待されています。
コオロギが 地球を救う?:無印良品『コオロギせんべい』
https://www.muji.com/jp/ja/feature/food/460936
人工肉で、食にまつわるタブーを取り払う
私たちが住む社会には、動物を食べることに抵抗を感じるベジタリアンやビーガンの方や、宗教に従い、牛肉や豚肉を食べない方、そのほかにもアレルギーで魚や動物を食べられない方もいます。そのような方たちは、動物性タンパク質の代わりに、大豆などが持つ植物性タンパク質を摂取することで、健康を保ってきました。
しかし、そのような「肉を食べられない人」が困ってしまうのが、食材を自分で用意できない「外食」です。大手レストランのメニューには、食材やアレルギー物質の有無が記載されていますが、個人経営の飲食店では「肉が入っているか」「動物由来の油で調理していないか」といったことを店員に聞く必要があります。
人工肉には、植物を原料にして作るタイプ、動物の細胞を培養して作るタイプなど、さまざまなタイプがあります。植物性タンパク質をもとに製造された人工肉が、レストランのメニューに普及すれば、ベジタリアンでも悩むことなく、おいしく、かつ健康的な食生活を送ることができます。
また、人工肉の一部には、イスラム教の方が食べることを許された「ハラールフード」に認定されたものも登場しています。このように、人工肉は社会のさまざまな場面で役立っていくことでしょう。
余った食品を廃棄してしまう「フードロス」を減らす
生産者がどれだけ食糧を生み出したとしても、消費者が購入しなかったら廃棄せざるを得ません。しかしAIなどのディープラーニング技術を活用すれば、食品の需要や物流にかかるコストなど事前に計算したうえで、最適な生産目標を導き出すことが可能になります。
さらにその食品をロボットが調理すれば、迅速、かつ安全、安価に提供することが可能になります。
「フードテック」の未来
さまざまな形で進んでいくフードテック。これにより、消費者のライフスタイルはどのように変わるのでしょうか。
食事にもAR(拡張現実)やVR(仮想現実)を活用!
私たちが何気なく食べている料理ですが、その「おいしさ」は味だけではなく、見た目や匂い、食感などの要素で構成されています。そこで昨今研究が進められているのが、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を活用した食事です。
例えば、レストランで料理を注文するときに、「この料理は、どれくらいの大きさ、量なのか」や「食べきれるかどうか」が気になることもあります。そのようなときにAR技術を活用すれば、QRコードを撮影したスマートフォンの画面に、実寸大の料理を表示させて確認できます。
また、VRヘッドセットを活用すれば、離れた場所にいる家族や友人が目の前にいるような食卓を仮想的に作り出し、一緒にご飯を食べることも可能になります。新型コロナウイルス感染症の影響で、人と人との接触が減りつつある現在では、このような新しい食事の在り方も研究され始めています。
舌に電気信号を送る「電気味覚」
舌に電流を流すことで味を生じさせる「電気味覚」の研究も、VRを活用した食のひとつです。この電気味覚が普及すれば、家にいながら、お店の料理を味見できる環境が実現するかもしれません。
飲食産業ではこのようなARやVRのほかにも、機械がCGモデルをもとに料理を造形する「3Dフードプリンター」や、AIを搭載した「全自動調理ロボット」のように、さまざまなテクノロジーを導入し始めています。
フードテックの研究の多くは、将来的に宇宙での食糧生産にも活用されます。そのため、惑星移住などに興味のある方は、大学で食品について学んでみてはいかがでしょうか。
「任意の味を表現できる味ディスプレイ」の開発:明治大学 総合数理学部 宮下芳明教授
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p0000342664.html
「フードテック」について学べる大学の学部、学科
食糧問題については、全国の農業大学、農学部や経済大学が取り組んでいます。その中には、太陽光の当たらない場所で野菜などを生産する植物工場などの研究も進められています。
昆虫食については、生物学や食産業学などの学部でさまざまな研究が進められています。また、企業との連携としては、徳島大学が無印良品と共同で「コオロギせんべい」を開発、販売しています。
また、宇宙開発に取り組む宇宙航空研究開発機構(JAXA)が進める宇宙食料マーケット「Space Food X」には、日清などの企業のほかに、東京理科大学スペースコロニー研究センターや徳島大学宇宙食品産業・栄養学研究センターが取り組んでいます。
世界初の宇宙食料マーケット創出を目指す「Space Food X」プログラムを始動
https://www.jaxa.jp/press/2019/03/20190327a_j.html
農業、畜産業、食品製造、飲食業、宇宙開発